スイカの歴史と原産地とは?もともとスイカはどこの国のフルーツだったのか

2020.4.24

私たちが思い浮かべるスイカといえば、7月・8月のカレンダーのイラストに入っていたり、海ではスイカ割りをしたり…。

「日本の夏の風物詩」というイメージがありますよね。

ところで、皆さんはスイカの歴史について知っているでしょうか?どこが原産地なのか、日本に来たのはいつ?など、案外スイカのことについては知らないことも多かったりしますよね?

今回はそんなスイカのルーツや、歴史について詳しくご紹介します!

スイカの原産地はあの国だった!

まず、【スイカ】が一番最初に誕生したのは、なんと2500万年前と言われています。

(ちなみに、わたしたちが学生時代の社会の時間に習った、類人猿が出現したとされる時代です!!)

これだけでもかなりの驚きですよね・・・。

そんな歴史の古いスイカですが、アフリカの砂漠地帯で発見されたことが最初であったことから、原産地は南アフリカとされています。

そして人類によって栽培が始まったのは、およそ4000年も前のエジプトだといわれています。

※スイカの種は、あの有名なツタンカーメン王の墓の中でも発見されていて、壁画にもスイカのような絵が記されていたそうな…!

当時のスイカは甘かったり苦かったりと、味は安定していなかったそうですが、そこからどんどん品種改良が繰り返し行われていき、少しずつ苦みのないスイカが栽培できるようになりました。そうして、「スイカは甘いフルーツ」という認識をされ、スイカの栽培は世界各地に広がっていったのです。

3000年前にはギリシャ、紀元前にはローマと、栽培国は増えて行き、様々な場所でスイカは栽培されるようになっていきます。

そこから日本に伝わったのは、定かではないのですが、大正時代にポルトガル人が長崎に持ち込んだため、日本に広まった説や、江戸時代に日本に伝来した説など…様々な諸説があります。

(平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて描かれた「鳥獣戯画」にもスイカのような野菜が描かれているとの情報もあったので、もしかすると、江戸時代よりも前に、スイカは日本にあったのかもしれません!)

また、種苗をアメリカやロシアから輸入し始めたのは、明治時代以降とされていて、大正時代にはアメリカ・中国からスイカの輸入が徐々に始まり、その後持ち込まれたスイカは日本の各地で栽培が根付いていったとされています。

日本では夏の風物詩として人気となったスイカ

『日本の夏』といえば、みなさんは何をイメージしますか?

海・お盆・プール・セミ・甲子園などなど、沢山あるとは思いますが、食べ物でいったら、スイカは多くの人が思い浮かべるのではないでしょうか。

そんな、日本の夏とは切っても切れない縁のあるスイカですが、いつからよく食べられるようになったのかは前述したとおり、大正時代以降で、昔は大玉スイカが主流でした。

その後、昭和家電の三種の神器といわれる『冷蔵庫』の販売が始まりましたが、庶民に愛されてきたスイカも、大玉では冷やしづらい…ということもあってか、今ではおなじみの小玉スイカが誕生し広まったのは、昭和時代といわれています。

そんな日本に根強い人気のあるスイカ。

まだクーラーもない時代、スイカは解熱効果のある食べ物として、娯楽として食すのではなく、薬として利用される場面もありました。

その効能として、利尿作用があったり、熱射病になった患者の額に冷やしたスイカの皮を当てたりと様々で、古代ギリシャの医師たちもその医学的効能を高く評価していたそうです。

今回のまとめ

今回は『スイカそのもの』が辿ってきた歴史などについて紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?

フルーツや野菜といえば品種改良を重ねられているものが多いですが、スイカも多くの歴史を持っているなんて、少しだけロマンチックに感じてしまいますよね。